26.コロナウイルスを知ろう
――知識は力なり。――
コロナウイルスを知ろう
Happy Easter! 4月12日の日曜日はイースター(復活祭)でした。イースターとは、十字架で磔にされて亡くなったイエス・キリストの復活を祝う祭日で、キリスト教圏ではポピュラーな春のイベントです。今日もイースターの翌日なので祝日です。
しかしこのイースター、実は4月12日に固定された祝日ではなく、日にちが毎年変わります。その定義は「春分の日(3月20日~21日)より後の満月の日以降で最初の日曜日」という恐ろしく複雑な条件で規定され、初見では二次方程式の解の公式並みに意味が分かりません。
イースターの前後は祝祭日である国が多く、外でイベントをやったり、大人が隠したイースター・エッグ(チョコレート)を子供たちが探す遊び(エッグ・ハント)をしたりします。COVID-19によってこの素敵な春の日も台無しになってしまいました。
閑話休題。ここ一ヶ月近く、論文を読んだり、それを使ってプログラムを組んだり、リモートで大学のPCを動かして追加実験したりと、やることはやっているのですが、一方で空き時間にCOVID-19について情報収集を続けていました。
実は、ここ5年分くらいの論文をざっと読んでいた中で、なかなか有望そうな音源分離アルゴリズムを思いつきました。すでにPythonで実装を始めたものの、ちょっとまだ未完成なので次回あたりに記事にしたいと思っています。
代わりに、今回はうんざりするほど情報が氾濫しているコロナウイルスについて、ある程度の確度をもって分かったこと*1を備忘録の意味も込めてまとめてみたいと思います。
はっきり言って一秒も読む価値のない記事ですので、ブラウザの戻るボタンを押すなら今です。ここをクリック →
コロナウイルスは6種類
人類の歴史上に登場したコロナウイルスは、大きく分けて6種類にグループ分けできるそうです。そのうち4種類は風邪の原因として知られており、残りの2種類はSARS(重症急性呼吸器症候群)とMERS(中東呼吸器症候群)です。
SARSは2002年11月に中国南部広東省で最初の患者が報告され、中国を中心に8000人あまりが感染、うち800人近くが死亡した指定感染症ですが、2003年7月にWHOから終息宣言が出されました(パンデミックの防止に成功し患者がいなくなった)。
他方、MARSは2012年頃にアラブ圏で最初の患者が報告され、ラクダが宿主のコロナウイルスを原因とする指定感染症です。実はMERSは未だに終息していません(今もじわじわと感染を続けている)。
今回のCOVID-19のDNA配列は、その6種類のうちSARSに最も近いウイルスだと分かっています。風邪の原因となるコロナウイルスとは遺伝的に遠いそうです。
病毒性と感染力
COVID-19は、風邪の原因となるコロナウイルスよりもSARSに近いため、喉や肺の細胞に対する親和性が高く、一気に重症化しやすいそうです。専門家はこれを「病毒性(Virulence)が高い」と表現します。
COVID-19の病毒性の高さを示す特徴として、軽い風邪のように上気道(喉や鼻)だけで終わらずに下気道(肺)まで到達しやすいという点があるそうです。下気道でウイルスが増殖すると、重篤な肺炎を起こすリスクが上がります。
また、専門家は感染力の高さを基本再生産数(Basic reproduction number)という指標で表します。これは1人の患者から平均何人に遷るかという指標で、COVID-19はの値がSARSよりもかなり高く、季節性インフルエンザと同程度だと見積もられているそうです。
COVID-19の感染経路には大きく分けて二種類あり、飛沫感染と接触感染があります。飛沫感染とは、ウイルスが唾液や鼻水などに包まれて空気中に飛び出して起こる感染です。他方、接触感染とは、皮膚や粘膜の直接的な接触、あるいはタオルなどの物を介した間接的な接触によって起こる感染です。
COVID-19の高い飛沫感染力を説明する一つの根拠として、2020年2月にイギリスの医学雑誌NEJMで発表されたSARS-CoV-2 Viral Load in Upper Respiratory Specimens of Infected Patientsという論文を見つけました(たった二ヶ月で被引用数200超え)。
この論文では、COVID-19のウイルスは喉よりも鼻腔の中に多く存在し、かつその数は無症状の人と症状のある人とでほとんど差がなかったと報告されています。また、この鼻水に多くのウイルスが放出されるという傾向は、遺伝的に近いSARSよりもむしろインフルエンザに近いそうです*2。
したがって、COVID-19のウイルスは、大部分が無症状の人たちの鼻水(たぶん唾にも)の中に潜んでおり、お喋りやくしゃみによって飛沫感染を引き起こしやすいことが予想されます。
ウイルスの突然変異
私たちの身体はDNA(デオキシリボ核酸)と呼ばれる物質で設計されています。親から受け継がれる身体的特徴などはすべてこのDNAに基づいており、血の繋がりというよりはDNAの繋がりとも言うべき重要な身体の設計図です。
他方、ウイルスの設計図は必ずしもDNAではないことが知られています。実際にコロナウイルスやインフルエンザウイルスの遺伝情報はRNA(リボ核酸)に書き込まれています*3。
DNAはヌクレオチドと呼ばれる二本の鎖が螺旋状に結合した構造を持っており、RNAはこの鎖が一本しかない構造です。私も全く知らなかったのですが、実はDNAに比べてRNAは遺伝情報が突然変異しやすい(エラーが起きやすい)そうです。
ウイルスの変異しやすさは、治療薬やワクチン開発にとって重大な課題です。というのも、治療薬やワクチンに誘導された抗体の攻撃は、ウイルスが持つ何らかの特徴的な構造を標的としているため*4、構造が変異してしまったら効き目が無くなってしまう恐れがあるからです。
例えば、インフルエンザウイルスの表面には特徴的な二種類の突起(スパイク)があり、その一つが標的として使われています。しかし、その部分はホットスポット(変異しやすい)構造でもあるため、現行のインフルエンザワクチンは当たり外れが激しいそうです。
しかし幸いなことに、コロナウイルスはインフルエンザウイルスに比べてこの突起が変異しにくいそうです。SARSの経験でも大きな変異は報告されていません。したがって、COVID-19のワクチンが実現すれば、インフルエンザワクチンよりは当たり外れが少ないかもしれません。
ウイルスへの再感染
COVID-19に感染して一度症状が出ても、自然治癒力や病院での治療を受けて症状が改善し、PCR検査で陰性に戻った方がたくさんいらっしゃいます。素人考えでは、そういった人たちはCOVID-19に対する免疫を獲得しているから、もう安心なのではないかと想像します。
このように完治した人が多少なりとも免疫を獲得できることは確かなようです。しかし、風邪のぶり返しのように、身体の中でウイルスを退治しきれていなかった場合、体内に潜んでいたウイルスが再び勢いを取り戻して再燃する可能性はあるようです。
私は腸の病気を持っているのですが、ノロウイルスなどのウイルス性腸炎の中には、一度下痢が治まった後で再び二度目の重篤な症状が出現する(二峰性)という症例があるそうです。症状がいったん改善したからといって油断はできないんですね。
若者と高齢者との差(年齢依存性)
各国の報道を見ていると、「若者は軽症で済むが高齢者は重症になりやすい」という趣旨の情報が多く見られます。これについては科学的な裏付けがないそうです。ただ、これまでの臨床データからはそういった傾向がありそうです。
ただし、年齢に依存していそうなのは重症化率であって感染率ではありません。つまり、潜在的にどの年齢の人も同じくらい感染しているし感染を拡大するリスクを負っている、というのが今のところの認識のようです。
ちなみに、COVID-19に対する年齢依存性の科学的裏付けはまだないとはいえ、昔から水ぼうそうや伝染性紅斑(りんご病)といった病気が知られています。これらは子供と大人とで明確に症状が違ったり、重症度が違ったりする例です*5。
重症患者への手当て
臨床的には、肺炎様症状を示している患者への治療は支持療法が中心だそうです。つまり、基本的には患者の身体機能を支えて本人の体力回復を待つという治療方針をとっています。
症状の軽い第一段階では酸素を投与し、第二段階では陽圧をかけて物理的に肺を膨らませて呼吸を補助します。第三段階では気管挿管して人工呼吸器に繋ぎ、より重篤な患者には肺の機能を丸ごと機械に置き換えるECMO(体外式膜型人工肺)があります。
COVID-19は、この人工呼吸器やECMOが必要になるようなレベルの患者を同時多発的に発生させる危険性をはらんでいます。しかし、東京都内ですらECMOを備えたICU設備、それを使える医師や看護師といった人員は限られているようです。
たとえハード面で医療機器を大量に導入したとしても、ソフト面でこういった人員を増やすことは一朝一夕でできることではありません。しかも、院内感染を起こしてしまえば増やすどころか減る可能性すらあります。
医療機関に勤めている世界中の医師、看護師、技師の皆さんは、このギリギリの防衛ラインを守りながら医療崩壊を起こさないように必死で戦っています。
治療薬の開発
現在、世界中の研究所や医薬品メーカーの大部分が尽力しているのは、ゼロからの医薬品開発ではなく、すでに別の病気で用いられている治療薬の転用試験のようです。これを医学用語でスイッチと呼びます。
コロナウイルスのみならず、ウイルスは細胞膜を持たず動物の体に寄生して増殖する生命体なので、少なからず寄生や自己増殖に使うパーツに共通点があることが多いそうです。つまり、DNAや表面構造が似ているウイルスの治療薬であれば、COVID-19に転用できるかもしれないということです。
幸か不幸か、今回のCOVID-19に類似性の高いSARSコロナウイルスは、早期の対応で未然にパンデミックを防いだゆえに、実際の患者に対する治療薬の試験を行うことなく終息してしまいました。
他方、MERSはまだ患者がいるので治療薬の知見が(多少)蓄積されており、そこで有用性が認められた治療薬の転用が一つの有望な手法と言われているそうです。
加えて、今の中国は情報大国として確固たる地位を築いており、IT技術にかなり力を入れています。今回のCOVID-19勃発のかなり早い段階からコンピュータによるゲノム解析を行っており、ウイルスの構造に関する情報を公開していました。
上述したとおり、構造に共通性がある別のウイルスから治療薬を転用できる可能性があることから、コンピューターシミュレーションによって無数の治療薬の中から使えそうな候補薬の絞り込みが行われ、スイッチの臨床試験が着実に進行しているそうです。
終息への道筋
現状、世界中の国々が互いの行き来を最低限に制限し、国内でも人の集まるイベントや施設を原則閉鎖しています。このことが経済に与えるダメージは計り知れず、世界中の株式市場でリスクオフの動きが高まっています。
しかし、ここまで感染が拡大してしまった今の段階では、この水際措置やロックダウンと呼ばれる対処方法は、ピークを抑えて先延ばしする効果はある一方で、長い目で見たときに国民が罹患する割合を減少させる効果は薄いそうです。
だからといって、経済を優先して何の対策も講じずに社会を通常どおりに運用することはかなりハイリスクですし、ロックダウンが最終的な感染率を下げないことは政府も重々承知しています。
なぜなら、ロックダウンの目的は、感染率ではなく死亡率の最小化(社会としてどれだけ人を死なさないか)だからです。ピークをなるべく先延ばしにすることで、病床数、ECMOや人工呼吸器などの台数、それらを使える医療従事者数といった医療キャパシティの限界を超えにくくなります。
しかし、ロックダウンでピークを潰した分、期間的にはより長く感染者の発生が続きます。政府がきめ細かい予防策を取れば取るほど、終息が長引くことにも繋がります。これが国によって対応に違いが出た一つの要因かもしれません*6。
この集団免疫の獲得までの期間と治療薬・ワクチン開発との時系列が、終息までの道筋で重要になってくると予想されます。そして、2009年の新型インフルエンザと同様に*7、COVID-19が社会から既存の感染症の一つとして受け入れられた段階で、はじめて世界は平穏を取り戻し、この騒動が終息するのでしょう。
今回は以上です。ここまで読んでしまったということは、戻るボタンをクリックしなかったわけですね。ありがとうございます。そして専門家でもないのに真偽不明な情報を書き連ねて申し訳ありませんでした。最後は自分で信じた情報のみを信じてください。
稚文をお読みいただきありがとうございました。
*1:信頼できそうな専門家が公的に見解を示した情報を中心にまとめています。
*2:だからCOVID-19の感染力はインフルエンザに近いのかもしれません。
*3:遺伝情報をDNAで持っているウイルスの例としては天然痘があり、天然痘ウイルスは非常に変異しにくいことが知られています。
*4:標的が明確でないと正常な細胞まで攻撃してしまいます。これでは意味がありません。
*5:水ぼうそうは子供が罹ると湿疹症状が出るのに対し、大人が罹ると発熱症状が出やすいそうです。また、りんご病は子供ならほっぺが赤くなるだけで済むのに対し、大人だと重症化する可能性があるそうです。NIH(米国国立衛生研究所)の研究員である峰先生が「年齢によって反応が異なる病気」として例示していらっしゃいました。
*6:例えば、北欧のスウェーデンは未だにロックダウンを行っていません。どうせ最後にはみんな罹るのだから国全体で集団免疫を獲得して早抜けしてしまおうという見通しがあったのかもしれません。そのスウェーデンも、医療機関のひっ迫した状況を受けて本格的にロックダウンを検討しているそうです。
*7:普段私たちは意識していませんが、2009年にニュースで騒がれていた豚インフルエンザは未だに終息していませんし、インフルエンザ自体が年間50万人近くを殺している恐ろしい病気です。WHOがインフォデミック(情報の爆発的拡大)と呼称したように、誤った情報の伝播によって過度に軽視したり過度に恐れたりすることが社会問題になっています。